子育ての思い出は現在進行形!備忘録
 
我が家は3人4脚 シングルママとふたりの息子 
 
AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


2008年3月を表示

子育ての思い出71 小学校入学準備

保育園、幼稚園、小学校入学時 には
用意しなければならないものが
たくさんあり

今はほとんどの物が売られていて
買い揃えることが可能だが
なるべく最初は作ったものをと思い
通学補助バック、上履き入れ等作ることができるものは
ひととおり作った。
上履き入れは結局卒業するまで買うこともなく
2人とも私が作ったものを使った。

今でも捨てられないのがこの給食用ナプキン。
当時から今も人気の
その頃子供たちがそれぞれ好きだった
ポケモンを刺繍しました。
手刺繍でそれぞれ縦10センチくらいの大きさ
けっこう時間掛かりました・・・(^。^
布用絵の具で絵を描いたりも。



Tuesday, 25, Mar 00:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理

時々 後悔

まだ、不安で仕方ない。

この子たちは生まれてきて幸せなのか?
今この時代に
私の子供で良かったのだろうか?

不安の材料はいくらでもあるが
これから生きていく上で
仕事や生活 

私自身が直面しているようなことが
この子たちにあるかもしれない
それがわかっていて
ひとりで守っていけるのだろうか?



Friday, 21, Mar 01:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理

子育ての思い出70 マシュマロ

久しぶりにマシュマロを作りました。

作っている最中に
次男は  何作ってるの?
(長男は外出中)
しばらくして  いつできる?

出来上がって味見。
次男は・・・・ちょっとお酒が強くない?
ラム酒を少し入れたのだが
カクテル用のラムは少し強いのかな。
お菓子用に比べて。

そういえば以前は入れずに作っていたよなー。
今日はたまたまラム酒があったから
使ったのだが。

出来上がりを待っていてくれていたのに・・・。

早々にラム酒を入れないものを作らねば!



Friday, 14, Mar 01:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理

子育ての思い出69 眼科のお医者さん

病院に関するコラムを読んで
(患者と医師のモラルの低下について)

思い出したことがあった。
次男が小学校3年生くらいのとき
学校の健康診断で仮性近視と診断され
専門のお医者さん(眼科)で受診するように
という学校からの連絡をもらってきた。

当時、近くで知っているお医者さんが
1件しかなかったので
その眼科に行き、学校での健康診断結果を伝えると
子供だけを診察室に連れていった。

え? どういう状況かを知りたいんですけど 
と私が言うと
お医者さんはお母さんは来なくていいから と言った。
でも、学校からの案内もありますし
これからどうするのか
どういう状況で仮性近視といわれたのかを
確認したい
ということを話すと
お母さんはこなくていいから!
と繰り返し言うだけ。
次男はそういうやりとりを見ていて不安になり
私の方を振り向いたのだが
きみはこっち!と無理やり引っ張られていった。
ママはここで待っているからね
と声をかけるとお医者さんはこっちを見睨んだ。
あとで説明されるのかと思っていたら
子供が受診から戻ってきてもなにもなく
仮性近視 と書かれた学校からのお知らせを
戻されただけ。
結局、次男はどういう診察を受けどういう状況で
仮性近視という診断を受けたのか
点眼などの治療もある、と聞いていたが
説明等はまったくなし。
で仮性近視でどうすればいいのか?と聞いたら

めがねかけたければかければいいし
かけなくてもいいといえばいいし

ということだった。

あとから聞いたら
近所にはそこしかないので
行ってはいるが評判は悪かった。

そこの眼科には二度と行っていないが
他の眼科にも行ってはいないが
目にいいといわれるサプリメントを飲ませたり
食事も目にいいものを、とやっていたら
翌年は仮性近視とは書かれなかった。



Tuesday, 11, Mar 12:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理

子育ての思い出68 次男のひとこと

先週、あるテレビ番組をみていて

その番組は親子関係の問題についてをとりあげていて
家出をした子供のことを
子供の親と、子供と親の間にはいり取り成しをしている人との
やりとりを次男と二人で観ていたのだが

次男は
この親の話を聞いていて
いらいらする と言っていた。

なんでこの親はこんなに上目線なの?
取り成しをした人から子供の気持ちを聞いて
親が言ったのは
“1年前に聞きたかった。そうしたら殴ることもなかった”
聞きたかった というのは 受身である。
1年前に話をすれば良かった
もっと努力をすれば良かった、ではなく
“聞きたかった”

子供は 言おうとすると 
口答えをするなと言われ
何も言わないでいると 何か言え と怒鳴るの繰り返しで
どうにも話しにならなかった、と言っていた。
その状態で聞きたかったとはどういうこと?
おかしいよ この親 いらいらする と次男。

そのあとに 別の親子がでてきたのだが
親のインタビューで
この子が?このままでも?等
言葉に 疑問符をつけて話をしているのを聞いていて
次男と私は ふたりで 
この親は 自分の子供のことを話すのに
いちいち ? をつけてそんなに自分の子供かどうかも
わからないの?
と話しをしていた。

本来は取り成しをしている人の活動を追った番組なのだが
でてくる親の態度、話し方
そして次男のひとことに
自分を振り返った時間だった。

そのときに次男が話しをしてくれたのが
タレントの土田晃之さんのお父さんの話だった。
(私は知らなかった)
土田晃之さんが悪いことをしてしまったときに
お父さんが言ったひとことが
お前が生まれ時に一生分の幸せをもらった
だからお前がどんなことをしても
俺はお前を守る

土田晃之さんは悪いことはしてはいけないと
思ったそうだ。

いつまでもこういう話ができる親子でいたい と思う。



Tuesday, 11, Mar 11:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理


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