| 子育ての思い出 23 私がいじめにあった頃の話 そして現在 |
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| 私は退院後に通った小学校で仲間はずれにされていた。 小学校2年生の冬休み明けのことである。 ようやく数人のお友達ができた頃 引越しのため転校した。
転校先でも同じだった。 退院したばかりで、まだ運動禁止だったのだが まわりにはそれが理解できない。 転校生ということで目立ってしまったため それがおもしろくない、という女の子たちからであった。 けがをするようなことをするわけでもないのだが 時々、言葉による嫌がらせがずっと続いていた。
私は友達を作る、ということが非常に苦手である。 転校生、余所からきた人 というのは元々その土地で生活している人たちには 受け入れられにくい。 マンションなどみんなが余所からの集まりは別なのだろうが。
私は小学生の時にそれを体験してしまったため どこへ行っても 職場が変わっても 受け入れられなくて当然と思ってしまい 友人と呼べる人ができても 長続きはしない、と思っている。
長続きがしなくても仕方ないのかもしれない。 私は、いつも一緒にお昼ごはんというのが つらくなってしまう。 たまには一緒にランチどう?くらいならいいのだが。 一緒に買い物 といったのも苦手。 子育て中はお母さん方が集まって 子供たちを遊ばせながら 自分たちはおしゃべり、というのも 1回参加して、耐えられなかった。 井戸端会議 、というのも苦手。 子供会の役員になった時には おしゃべり に参加しなければ“仲間はずれ” 私は決めるベきことが決まったら解散するのが当然 と思っていたのがそのあといつまでもおしゃべりをしているらしく それに参加しない私は、つきあいの悪い奴、といった感じ。
性格が暗い、といったことを言われることはなく 逆に明るい、といった印象であるらしい。 一見、社交的 であるらしい のだが おしゃべり、というのが苦手で これはもう どうしようもない。 でも飲み会の席での仕事の話や こういうことにたいしての自分に意見は・・や自分はこう思う、 といった話をするのはむしろ好きである。 私が知り合った同僚の女性や 近所の方々は私とは逆に、お酒の席では 仕事に関する話はいや、とか 愚痴を聞いてはほしいけど、なにかの意見を言い合うのは嫌い といった人たちが多かった。 同じような感覚の人があまりまわりにいない。
なので私は子供たちが心配であった。 友達ができるかな・・・・いじめにあったら・・・・と。 子供たちに私はよく 学校がいやだったら無理していかなくていい、と言っていた。 つらいのは私が知っているのだから。 でもそんな心配を余所に毎日学校に行き 我が家には子供たちの友達が遊びに来ている。 子供たちも、遊ばせてもらっている。
今のところは楽しそうである。
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Friday, 09, Jun 02:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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