| 子育ての思い出 21 チック症状 |
|
| 次男は神経が細い。 3,4歳の頃、チック症状がひどかった。 ある一定の物事が起きるとチック症状が現れるのである。 そのことでは、子供が好きではなく子供になにかあっても 無関心な元夫も、悩んでいたようだった。 自分に原因があることは充分わかっていたらしい。
子供たちが 父親に対してどうしたよいのか?をわからずにいるのを 私自身もどうしたらよいのか?と思う日々だった。
一度出始めるととにかく見ている方が 目が痛くなるような気がしてくる。 そのくらい激しくまばたきをしていた。
だんだんよくなったかな、と思うと またぶり返す 、を繰り返した。 お医者様には行かなかった。 そしてその症状をみなくなったのは別居をし 離婚をしてから、のこととなる。
今でも、次男の方が神経が細い。 同じ出来事が起きても次男はすぐに体調に現れる。 学校も休みがちの日々が続いていた。
心がしゅんとして、元気がなくなってしまうのだと思っている。 そして元気になるまで時間がかかることも 仕方がない、とも思っている。
今までずっとそうだったのだから、 急に心が強くなければ!なんて言ってはいけない とも思う。 学校も今は毎日通っている。 学校は嫌い ではないようだ。
このまま心も強くなっていってくれれば と思っている。 最初の信号がでてから約10年。 私は、がんばれ、と応援し続けるだけだ。
| |
|
Tuesday, 18, Apr 13:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
|
| 子育ての思い出 20 私の子供の頃 |
|
| 卒業式、入学式といえば 私は幼稚園を半年ほどで中退し、 小学校の入学式も不参加であった。
病気のため治療入院したためである。 1年保育で幼稚園に入園後、約半年で通園不可能となった。 自宅での療養後、小学校の入学式の数日前に 入院となった。 長期治療者のための専門の山奥の療養所で 入院をしている人は1年くらいはいるひとたちばかりだった。
結局、退院したのは2年生の冬休みが始まるころで 20ヶ月の入院生活であった。
私には、知らないことがたくさんあった。 集団登校がわからなかったし 給食のルールも知らなかった。 信号のルールもよくわからなかった。 頼みの綱は母親である。 だが、母親はそんな私のことを気にもとめることはなく 転校生で未使用のランドセルを持ち 学校のルールがわからず、 いじめにあっている自分の娘のことに 気がついてはくれなかった。
気がついていない、と思われる確かな言動も多々あった。 逆に私が、母親から言われた言葉に なにも言えなくなる、ということも多々あり 私の中で母親の存在がなくなっていった。
では、私自身が母親になってどうか? いつも、ああなってはいけない 確実に遺伝はある でも、気をしっかり持って、ああならないようにしよう と思っている。
今日、残業中に携帯電話に長男から電話がきた。 学校の帰りにスーパーに寄ったらお惣菜が安いよ、 買って帰ろうか? 昨日、今日のためにお魚を煮込んであるので 他になにがいいかなーって思っていたら、 の電話だった。 新しいドリンクをみると お酒でわってもいいんじゃない?と買ってくる長男である。 次男は部屋の片付けと洗濯物をほし ごはんを炊いておいてくれる。
今のところは、私は、自分の母親のような 母親になっていない、と思っている。
| |
|
Wednesday, 12, Apr 19:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
|
| 子育ての思いで 19 |
|
| “たかい たかい” といって子供を抱き上げそのまま持ち上げる というあやし方があるが 我が家では1回転たかいたかい というのをやっていた。 子供を抱き上げそのまま回転させるのである。
私の10歳下の弟が赤ちゃんのときも 当時小学4、5年生だった私は同じように 弟をあやしていた。
弟をあやしていたと同じやり方を自分の子供にもしていた ということなのだが。
小さい子をみると くるっとまわって私の顔をみてにっこりとする 子供たちの顔を思い出す。
| |
|
Wednesday, 12, Apr 14:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
|
| 子育ての思い出18 |
|
|
長男の入学式も終わり、 なんとか大学生活がスタートした。 初めての電車とバスの通学。 なるべく通学の時間がかからない方が良い、と思っていたが 我が家から通える範囲にある学校の中では近い方である。
大学を卒業、就職をし、ひとり暮らしをする日は必ずやってくる。 それまでの間、通える範囲で、と思っていた。 我が家は、狭いアパートで3人で生活をしているが やがては二人とも独立をするのだから このままでもいいかな、と思っている。 ここからだと、駅も近いし、中学校は徒歩5分、 高校も自転車で通える範囲に数校ある。 便利さを考えると今はこのままで あと数年、次男が学校を卒業したら、 引越しを考えよう、と思っている。
子供たちの友達たちはみんな自分の部屋を持っているのが 当たり前なのに我が家は3人、ほんとに片寄せあい状態だ。 でも、恥かしがることなく、二人とも友達をよび 我が家で遊んでいる。
自分たちの今の状況を受け入れ、 それを否定することもなく、がんばってくれている。 大学行くのも、長男自身が勉強とバイトと両立できなければ通えない。 私は、応援するのみ、だ。
さて次は次男だ。 来年は高校受験である。 どーなることやら・・・・・。
| |
|
Monday, 10, Apr 02:57 | トラックバック(0) | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
|