| 子育ての思い出25 皮膚の病気 再び |
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| 夏休み である。 今年から、1学期、2学期、3学期ではなく 前期、後期 となった。
二人の子どもたちは皮膚が弱い。 特に手の指先がひどく 二人とも小さい頃は冬は指紋がなかった。 皮膚科のお医者様でお薬をもらい 次男が生まれるまでは 長男と二人で 次男が生まれてからは3人で 指先にぬっていた。 お医者様は私の手をみて 皮膚が弱いのは遺伝だから仕方ない。 根気よく薬を塗り、あとは成長するにつれ皮膚が強くなるだろう、 とおしゃっていたのですが・・・。
今、次男が大変なことになっている。 右腕に直径約10cmくらいの腫れ物が4箇所でき それぞれ、熱と痛みを伴い そのうえに小さな水泡ができ 今は、その水泡がぱんぱんにふくらみ 大きな水泡となり、割れてみずが滲みでてきている。 この土日で急に腫れがひどくなった。
皮膚科のお医者様も びっくりするほどで これはひどいなーとおっしゃっていた。 痛みで今は腕をまげることもできない。
なにか思い当たることといえば蚊にさされたくらい。 もともとアレルギーがあるので過剰反応?かもしれない。 今は右腕だけだけれども 他に広がるようだったら入院加療を要する病気が考えられる とのことだった。 たしか2年くらい前にも同じ症状になり そのときは、病院でもらった薬と 薬屋さんで購入した、殺菌の薬とで治した。 病院のくすりがあまり効かなかったように覚えている。 今回は前回の話をして 両腕とも同じように赤くはれ上がり水泡ができ・・・ と話したところ、たぶん入院してもおかしくなかったのでは? とのことであった。 子どもたちと 根性で治しちゃったね と笑ってしまった。
次男は今日も腕に薬を塗り、ガーゼを取り替えてりいる。 休みなのに・・・ またなにが原因で反応がでるかわからないので あまりであるかない方が良い、とのことなので しばらくはおとなしくさせよう、と思う。
お勉強をしてくれるといいなー と思いつつ。
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Tuesday, 25, Jul 17:33 | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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| 子育ての思い出 24 川遊び |
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| 夏の遊びと言えば 川に連れていって遊んでいた。 といっても釣りをしながらバーベキューをしたり おやつを持ってちょっと川へ♪なんて 気楽な格好ででかけたり。
公園の川に網を持ってでかけ ざりがにを捕ったり 遊びに行った公園でざりがに釣りをしているのを見て 行く途中、コンビニで飲み物を買って行ったので そのコンビニのビニールの袋をひも状に伸ばし 木の棒にくくりつけ売店で買ったさきいかをあさに 即興ざりがにつりをした。 これが思いのほか釣れて 最初はこんな道具で恥ずかしがるかなーと思っていたのが 通りすがる人の “すごいね”の言葉に うれしそうだった。
つりをしていると 川の音、木の葉の音、鳥の声がその風景の中で調和し 静かに時間が流れる その風景が好きで 川に行くことが多い。
子供たちはどう思っているのか ただ母親に付き合っているのかなー と思うが でも、気持ちいいねー といいながら暗くなるまで一緒に釣り糸を垂れている。 けっこう楽しんでいる、と思う。
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Monday, 10, Jul 13:59 | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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| 子育ての思い出 23 私がいじめにあった頃の話 そして現在 |
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| 私は退院後に通った小学校で仲間はずれにされていた。 小学校2年生の冬休み明けのことである。 ようやく数人のお友達ができた頃 引越しのため転校した。
転校先でも同じだった。 退院したばかりで、まだ運動禁止だったのだが まわりにはそれが理解できない。 転校生ということで目立ってしまったため それがおもしろくない、という女の子たちからであった。 けがをするようなことをするわけでもないのだが 時々、言葉による嫌がらせがずっと続いていた。
私は友達を作る、ということが非常に苦手である。 転校生、余所からきた人 というのは元々その土地で生活している人たちには 受け入れられにくい。 マンションなどみんなが余所からの集まりは別なのだろうが。
私は小学生の時にそれを体験してしまったため どこへ行っても 職場が変わっても 受け入れられなくて当然と思ってしまい 友人と呼べる人ができても 長続きはしない、と思っている。
長続きがしなくても仕方ないのかもしれない。 私は、いつも一緒にお昼ごはんというのが つらくなってしまう。 たまには一緒にランチどう?くらいならいいのだが。 一緒に買い物 といったのも苦手。 子育て中はお母さん方が集まって 子供たちを遊ばせながら 自分たちはおしゃべり、というのも 1回参加して、耐えられなかった。 井戸端会議 、というのも苦手。 子供会の役員になった時には おしゃべり に参加しなければ“仲間はずれ” 私は決めるベきことが決まったら解散するのが当然 と思っていたのがそのあといつまでもおしゃべりをしているらしく それに参加しない私は、つきあいの悪い奴、といった感じ。
性格が暗い、といったことを言われることはなく 逆に明るい、といった印象であるらしい。 一見、社交的 であるらしい のだが おしゃべり、というのが苦手で これはもう どうしようもない。 でも飲み会の席での仕事の話や こういうことにたいしての自分に意見は・・や自分はこう思う、 といった話をするのはむしろ好きである。 私が知り合った同僚の女性や 近所の方々は私とは逆に、お酒の席では 仕事に関する話はいや、とか 愚痴を聞いてはほしいけど、なにかの意見を言い合うのは嫌い といった人たちが多かった。 同じような感覚の人があまりまわりにいない。
なので私は子供たちが心配であった。 友達ができるかな・・・・いじめにあったら・・・・と。 子供たちに私はよく 学校がいやだったら無理していかなくていい、と言っていた。 つらいのは私が知っているのだから。 でもそんな心配を余所に毎日学校に行き 我が家には子供たちの友達が遊びに来ている。 子供たちも、遊ばせてもらっている。
今のところは楽しそうである。
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Friday, 09, Jun 02:44 | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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| 子育ての思い出 22 幼児の頃の子供たちの趣味 |
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| 歩き始め、散歩をしたり 買い物も歩いていくことが多くなった頃、 長男は、必ず、手に石を持ち それを家まで持ち帰った。 玄関に着くと石を置き 部屋にはいって行く。 次の日、また別の石を拾い また玄関に置く。 その石を投げるわけでもなく大事そうにしっかりと持っている。 いつの間にか、石の山ができあがっている。
次男は 棒を持つのが好きだった。 散歩に行っても公園で遊んでも 家に帰るころには、手に持ち、ちょうど地面に着くくらいの長さの 棒を持ちながら歩き、 やはり玄関にたどり着くと、それを置いて 部屋にはいっていくのである。 棒でなにかをつつく、ということもなく 持って帰るのである。
二人の共通は、なにかを持って帰る、だった。 どうして 石? 棒? なのかはわからないけれど。
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Monday, 08, May 12:53 | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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| 子育ての思い出 21 チック症状 |
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| 次男は神経が細い。 3,4歳の頃、チック症状がひどかった。 ある一定の物事が起きるとチック症状が現れるのである。 そのことでは、子供が好きではなく子供になにかあっても 無関心な元夫も、悩んでいたようだった。 自分に原因があることは充分わかっていたらしい。
子供たちが 父親に対してどうしたよいのか?をわからずにいるのを 私自身もどうしたらよいのか?と思う日々だった。
一度出始めるととにかく見ている方が 目が痛くなるような気がしてくる。 そのくらい激しくまばたきをしていた。
だんだんよくなったかな、と思うと またぶり返す 、を繰り返した。 お医者様には行かなかった。 そしてその症状をみなくなったのは別居をし 離婚をしてから、のこととなる。
今でも、次男の方が神経が細い。 同じ出来事が起きても次男はすぐに体調に現れる。 学校も休みがちの日々が続いていた。
心がしゅんとして、元気がなくなってしまうのだと思っている。 そして元気になるまで時間がかかることも 仕方がない、とも思っている。
今までずっとそうだったのだから、 急に心が強くなければ!なんて言ってはいけない とも思う。 学校も今は毎日通っている。 学校は嫌い ではないようだ。
このまま心も強くなっていってくれれば と思っている。 最初の信号がでてから約10年。 私は、がんばれ、と応援し続けるだけだ。
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Tuesday, 18, Apr 13:03 | コメント(0) | 子育ての思い出 | 管理
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